【雑記】一人で居酒屋に行けない。

一人居酒屋が苦手だ。苦手だ、というか怖くて入店すらできない。

 

何度も何度もよし今日こそは!意気込み店の前まで意気揚々と向かうものの、店内から聞こえる楽しそうな人たちの声やガラス越しに見えるカウンターに並ぶ人たちの笑顔を見た瞬間に「無理!ここに今から入るなんて無理!無理!絶対無理!帰る!帰るぅううううう!」と自ら門前で払われてその足でコンビニに逃げ込みチューハイを買って自宅で己の弱さに涙を流しながら一人虚しく乾杯を繰り返している。かといって店の中がガラス越しに覗けない店や店内の声が微かにも漏れ出さない店は余計に怖くて入れない。入ったが最後I MUST DIE!来世はもっと穏やかな人生を!と、僕の恐怖心はピークに陥る。結果コンビニに逃げ込む。チューハイを買う。飲む。泣く。

 

入ったら楽しいってことはわかる。大抵のことはそうだ。マラソン大会が辛いのはスタートの直前まででいざ走り出したら終わるまで走るだけだし、走り終わった後の爽快感は何物にも変えがたい。なんならもう一回走ってもいいかななんて思ってしまう。あんなに前日の夜に熱出そうとして水を浴びたり夜風に当たったりしてもなおそう思ってしまう。一人居酒屋もきっと同じで、入ってしまえばあとはその場の雰囲気に身を委ねて、2杯3杯飲んでるうちに緊張もほぐれて、隣の席の人たちと一言二言会話をしてみたり美味しいご飯に舌鼓を打ったり、もう想像してるだけで楽しい。よし、明日行こう。

 

なんてことを毎回思っては店の前まで足を運んで、結局入店できないの繰り返しである。もうおらこんな人生は嫌だ!思えば大学のサークルも部室に入るのが怖くてどこにも所属できなかった。美容室に入るのが怖くて髪が伸びすぎて誰かわからなくなることもあった。人間の本質、そう簡単に変わるもんじゃない。わかってる。わかってるけど、一人で居酒屋に入りたい。

 

ということで、一人でふらっと居酒屋に入る方法、もし知ってる方いたら教えてください。もし誰もいなかったらコンビニに行ってチューハイ買ってきてそれを飲む。そして泣く。

【雑記】中華街で豚饅食べてきた話。

連休ってどうしてあっという間に終わってしまうんでしょうか。連休じゃなかったらもっとあっという間に終わってしまうけど。ほんと帰ってきて3連休、明日からが怖い。

 

連休最終日に家でゴロゴロしててももったいない、そういえば豚まん食べたい。ということで元町中華街までフラフラ行ってきた。「豚まん食べたい」って言ってついてきてくれる友人の優しさが沁みる。ついたらなんかイベントやってて、獅子舞みたいなのがウロウロ練り歩いて太鼓やらシンバルやらがガッシャンガッシャン鳴り響いて、おかげで待ち合わせ場所「今中華街で一番うるさいところ」にしてスムーズに友人と合流できた。じゃなかったら中華街のどこにいるかなんてわからないから絶対に合流できてなかった。

 

この中華街、狭いエリアの中にたくさんの中華料理屋が犇めいてて、どの店も軒先で露店スタイルで中華まんやら北京ダックやらなんかよく分からないかき氷やらを売っている。そしてどの店もラインナップはさして変わらないからもうどこで買っていいのか分からない。見た目だけで見たらよほど黒いとかない限りどの店で買っても同じものが出てくる。出てくる、というか並んでる。

 

特に贔屓にしている店舗もないので、いつもちょっとウロウロして「その時一番胡散臭いカタコトの日本語で接客してくるお兄さんの店」で買うようにしている。なんとなく現地で買ってる雰囲気に浸れる気がするから。そしてそこで買った豚まんで美味しくなかった経験が今の所ないから。とはいえ今日は友人もいる。ならまぁ並んでもいいから多少なりとも知ってる店に行ってみようか。こんなときじゃないと行かないし。ということで行列から見るに元町中華街の中でも屈指の人気店(だと思う)、老祥記さんの列に並んだ。豚まんが食べれたらなんでもいいなんて言いながらミーハー精神満載で我ながら恥ずかしい。でも食べたことないし一回くらい胡散臭いカタコトの日本語で接客してくるお兄さんのところで買わなくても別に罰は当たらないだろう。そんなことを考えながら待ち時間を潰し、購入。

 

並んでいる間におじさんからイベントのチラシをもらった。第6回KOBE豚饅サミット2016という催しが11月11日12日13日の3日間開催されるらしい。そして何やら11月11日は豚饅の日らしい。ポッキー&プリッツの日が11月11日なのはその菓子の形状が数字の1に見えるというのはなんとなくわかる。でもあの丸くてもっちりした豚饅の日が11月11日なのはよく分からない。おそらくみなさんもそう思うでしょう。豚肉を使ってるから29日(にく)にしといたら良かったのになんでグリコに喧嘩売るようなことをするんだろうか。

 

と思ったらありました。理由。

 

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鼻の穴、まさかの鼻の穴。もう今後ポッキーやプリッツを食べる時に「これは豚の鼻の穴」とかそんなことを思い出しそう。それにしてもよく閃いたなこれ。思いついた瞬間絶対に脳内で「アハ」って声が聞こえてたと思う。誰が思いついたのかはわからないけど、誰が思いついてもアハっていうレベルのそれ。

 

ということで11月11日はポッキーやプリッツを食べるのもいいですが、もうちょっと肉感が欲しいな、あるいは汁感が欲しいなという方は是非豚饅を食べましょう。ポッキーパーティーも確かに盛り上がりますが、今年は趣向を変えて豚饅パーティーなんてどうでしょう。蒸篭と蒸し器があれば尚いいですね。さながらオーダーバイキングかのごとく、小籠包や豚饅をたくさん蒸してみんなで盛り上がりましょう。11月にもなるときっと少し肌寒くなってきているはずだから、ポッキーとかプリッツなんてぬくもりのかけらもない菓子をポリポリつまむより、みんなでアッツアツの豚饅をほうばった方がきっと身も心も温まること間違いなしです。

 

僕はもしやるなら全力でポッキーパーティーを選びますが。

 

老祥記さんの豚饅は一つ一つは小さいけど、中に豚肉の肉汁というか油というかエキスの詰まった液体物が入っていて3つ(最低購入単位)食べたらもうお腹にたまって満足しちゃいます。それでいて3個270円。安い!うまい!後早かったら申し分ないですが、店内でたくさんの従業員さんが人手で豚饅を包んでいるのを見ると早くしろなんて口が裂けても言えるわけない。むしろ倒れないように適度に休憩はとってほしい。そして豚饅おいしかったですいつもお疲れ様です。なんて労ってあげたい。

 

後なんか小籠包を適当につまんで、モザイクの方に歩いて甘いもの食べてお腹いっぱい!飲みに行くなんてことにもならず新快速に乗って颯爽と帰宅。自宅を出てから5時間もしないうちに自宅に帰ってきたからこの充実感すごい。また行こう中華街。

【雑記】思い出ぽろぽろ

毎年この季節になると、大学生の頃友人のFくんと京都五条のダイヤモンドシティハナ(通称「ダイハナ」)に自然食バイキングを食べに行って、90分という制限時間の中胃袋に詰め込めるだけの食物を詰め込んで、「もう食べられないよ」と言うや否やトイレに駆け込んでいく彼を見送ったことを思い出す。その数分後に後を追うようにトイレに駆け込んでいたことは思い出したくない。

 

この音楽を聴くと、とかこの時期になると、とかふとしたところでスイッチが入って当時の記憶って蘇るから面白い。直近でいうと、今ふとしたところって入力しようとした時に予測変換で「太」ってでてきて中学時代の友達のことを思い出した。もう実名晒してて今更だけど、この子もイニシャルFか。イニシャルFの友達がなんとなく多いことが予期せぬタイミングでわかった。だからと言ってどうってことはない。

 

最近何でかわからないけど中学の頃や高校の頃のことを思い出す。なんかの予兆?前触れ?なのかはわからないし別にわからなくてもいいけど、せっかく思い出したのでちょっとずつ記録にも残していこうと思う。僕のことを知らない人にとってはなんの生産性も生み出さない文字列を今こうしてつらつらと並べていて申し訳ない気持ちでいっぱいになる。思い出見て感動するのはジブリ映画だけで十分でしょう。

 

でもそうやって思い出す昔の思い出って、それこそ第三者に話してどうなるっていうくらいしょうもない小さいものばっかりで。野山駆け回ったり草むら転げ回ったり犬を追いかけたり犬に追いかけられたり、そんなんばっかりで。でもそんな追っかけ追っかけられしていた日常が今思い返すととてもキラキラしている。これがあれか、思い出補正ってやつか。怖いな思い出補正。どうせなら去年の泥のようにしょうもなかったあの日もガンガンに補正してくれないものか。ご都合主義万歳。無理か。

 

あともう一個不思議なのが、そうやって思い出す思い出って誰かといるときのことが圧倒的に多い、というか一人の時間で思い出すのってあんまりなくて、台風で小学校休みになった時に部屋のソファーをベランダに出してキャプテン翼読んでたら吹き飛ばされそうになったことくらいしかハッキリ思いだせるも載ってなくて、あとは誰かと一緒にいた記憶が出てくる。無意識のうちに引き出しの中にしまってるのかな、だとしたらなんてロマンチックなんでしょうか。はぁ。。。

 

大人になると昔みたいに利害関係なくきゃっきゃと野山を馳け廻るなんてことはなかなか難しいのかもしれないけど、何かふとした時にふわっと思いだせる思い出をまだこれからも作っていきたい。明日にでも野山駆け回ろうか。中華街行く予定だったけど六甲山に変更しようか。雄たけびあげながら山中駆けずり回って職質されようか。

 

そういえば野山駆けずり回る話で今思い出したけど、あの時自然食バイキングで限界超えてFくんより先にトイレに走ってた。思い出補正怖い。

【雑記】読書はなんらかの形でまとめさない。

「ブログは毎日書いたほうがいい」

 

友人Tくんがそんなことを言っていたので、久しぶりに更新しますよこんばんは。言われたのもう4日前だけど。あの時食べた鯖寿司美味しかったな。鯖寿司食べたいな。

 

「実践のない読書は時間の無駄」

 

昔、どこかの偉い人がこんなことを言っていました。聞いたことはないけど、多分どこかの偉い人はこんなこと言ってると思います。まぁもう偉くても偉くなくてもいいか。誰か一人くらい言ってると思います。もう言ったことあるよ、って人いたら教えてください。○○曰く、の○○の部分にあなたのお名前入れさせてもらいます。

 

今まで結構な数の本を読んできたと思います。1冊目からカウントしてたら良かったと、後悔したことは一度もありませんが。その中でいわゆる自己を啓発する系の本も片っ端から読み漁って、象の神様が言ったことで目から鱗を落としたり、ユダヤ人の大富豪が言ったことでまた目から鱗を落としたり、思考が現実化するおじさまの言ったことでもれなく目から鱗を落としたり、もう鱗落ちすぎていつでも美味しく調理可能!美味しく食べてね!状態。

 

でも、何書いてたか全然覚えてない。

 

目から鱗がポロポロと溢れたことは今でもその本の表紙を見たらわかる。忘れたくても忘れられない甘酸っぱい思い出、みたいな感じ。全然関係ないけど「みたいな感じ」って結びを使ったら大抵の言葉がバカっぽく見えてくるから日本語っておもしろいですよね、みたいな。

 

結局のところ本って読んだ直後に一番モチベーションの高い状態になっていて、そして一晩寝て大半のことを忘れ、めざましテレビの占いが12位だったら残りも忘れ、幸い12位じゃなくても日々のあれこれをこなしている間に忘れ、その恐らく目から鱗をこぼさせたであろう「教え」を実践してたら起こらなかったであろう不測の事態に陥り、ああやっぱり占い12位の日はろくなことがないや、こんな日は本でも買って帰ろう。どうすれば今のこの鬱々とした状況を打破できるかしら、あ、今ってどんな本が流行ってるのかな、ん?夢を叶えるゾウ、ふむふむ・・・

 

そしてそのまま今家にあるのと同じことしか書いてないであろう自己啓発本をお買い上げ、その足でちょっと小洒落た喫茶店に入って、コーヒー啜りながら適当なページを折り返しながら読書。読み終わってよしがんばるゾエ!

 

ここまでの一連の流れを何度繰り返したことか。恐らく全国の書店さんで今も商売が成り立ってるのは、僕みたいな迷える子羊、というか子ガモがぐえぐえ言いながら書店を練り歩いて自己啓発本を次々と買っているのが大きく影響していると思う。あと書店員さんたちの努力とホスピタリティ。この3つが上手いこと相関して経済活動が成り立ってる。ありがとう、紀伊国屋書店の人たち。ありがとう、ジュンク堂の人たち。ありがとう、その他町の本屋さんのお兄さんお姉さん。

 

そんなこんなで本は読んだら最低何か一つは実践する、し続ける。をモットーにこれからの読書ライフを満喫しようと思います。ドラえもん読んで、人に甘えることの大切さを学ぼう。そして何かあったら友達の名前を大きな声で叫ぼう。一番頼りになってポケットの中に色々入っててなんならちょっと青白い友達の名前を積極的に呼ぼう。そんな友達が欲しいや。

 

【読書記録】モノはいらない。余計なモノは。

ミニマリズム

 

最近、というかちょっと前から

この言葉をよく見かける。本当よく見かける。

 

極端なまでに持たない暮らしを突き詰めて、

「モノが少ない」という状態に幸せを感じる、

贅沢は味方!と声を揃えて言っていた時代からすれば

とても考えられないような考え方が流行っている、とのこと。

 

『ぼくたちに、もうモノは必要ない。」

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目次

第1章 なぜ、ミニマリストが生まれたのか?

第2章 なぜ、モノをこんなに増やしてしまったのか?

第3章 捨てる方法最終リスト55!!

    さらに捨てたい人へ追加リスト15!!

第4章 モノを捨て、ぼくが変わった12のこと

第5章 幸せに「なる」のではなく「感じる」

 

ミニマリストミニマリズムを実践する人)の定義から、

なぜこんなにミニマリズムが流行っているのか、

なぜ人はモノを捨てられないのか、捨てるためにはどうすればいいか、

捨てたら人はどうなるか、ということがとても簡潔に纏められてます。

無駄な、というかダラダラした文章があまりないから

読んでてスッキリ。さすがミニマリストの文章。

 

第3章の最終(いきなり最終)リストから気になったのをいくつか

rule1.まず「捨てられない」という思い込みを「捨てる」。

rule10.複数あるモノは捨てる。

rule11.1年使わなかったモノは捨てる。

rule24.「元を取る」という発想を捨てる。

rule50.安いという理由で買わない。タダという理由でもらわない。

rule51.捨てられるか「悩んだ」時点で捨てられる。

 

あげてないものも含めて、どれも確かにと思うよな事ばかり、

でもこの本に限らず全ての啓発本に言えることですが、

「読んで満足」で終わってしまいがち。

 

実際に「捨てる」ことが大事、なので

読み終わったこの本を本棚に戻さず早速処分。

 

読みたくなったらまた買えばいい、って

一見無駄遣いのようにも思えるけれど

じゃあ実際そこまでして読みたい本って

どのくらいあるのか。

もしあったとしたらそれはきっと

買い直すだけの価値がある本。

なのかもしれないですね。

 

モノが溢れている時代だからこそ、

次から次へとあれもこれもじゃなくて

自分が本当に大切にできるだけの

モノを選んで残して大事にすることが必要。

 

余談ですが、昨日読んだ本の影響で

今日鞄を買い直しました。いい出費。もとい投資。

今日読んだこの本の影響で、

昨日まで使っていた鞄は捨てました。

 

【読書記録】人たらしになるにはどうしたらいいの?

教えて、おじいさん。

 

…とは言ったものの、「人たらし」って語感どうなんでしょう?

「うわぁ、お兄さん人たらしですねぇ」なんて言われて、

「いやぁそれほどでも///」なんてハニカむことが出来るでしょうか。

 

僕は出来ません。

 

要するに「人気者」ってことなんでしょうが、

そこを「人たらし」と言い換えるだけで、

なんというか抵抗したくなる不思議。

 

『「人たらし」のブラック交際術 人見知りでも人にかわいがられる方法』

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目次

第1章 交際術は、出会う前から始まっている

第2章 どんな人の心も自然と開く会話術

第3章 相手の懐に入り込むビジネスルール

第4章 人間関係をギスギスさせない簡単テクニック

第5章 どんな人にも好感触を与える「イメージ底上げ」戦術

第6章 さらに交際上手になるための極意

 

詳細は割愛。実践してることがバレると恥ずかしいから。

内藤さんが書いてる他の本でも割とそうですが、

とっかかりやすい手段方法が数多く紹介されているので

その中からできそうなものを掻い摘んで実践してみるだけでも

案外効果があったりします。

何を実践してるかはここではあえて言いませんが(恥ずかしいから)、

もしどこかであって「あ、これは!」と思うことがあっても

決してそれを口には出さずにそっと温かい目で見守ってください。

 

清潔感は、細部に宿る

 

これが今回読んだ中で一番刺さりました。

自分の持ち物は、すべて自分の「分身」としてみなさなければならない

そう書かれていましたが、これは誰が読んでもまぁ確かにと思いつつ

じゃあいざ自分の身の回りの物(靴、鞄、服)なんかを見渡した時、

恥ずかしくないものを持っているでしょうか。僕は持っていません。

 

踵が磨り減った靴。

布地が削れた鞄。

シワが入った服。

 

そのどれもが自分の分身だと言われて

ゾッとしました。が、確かに他の人を見る時に

そういう細かな部分で人間性を判断することもしばしば。

人たらしになるつもりでページをめくったのに、

それ以前に己の不潔さに気づかされてTKO。

 

何事もまずは準備から、それをきちんとやらずして

人たらしになんてなれない。なれやしないんです。

 

人たらしって言われたいわけじゃないけど、

不潔って言われたくないから、買い換えよう。

人たらしって言われたいわけじゃないけど。


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