下田日記

毒にも薬にもならない話

【鑑賞】大阪に、嵐が、来た。

大阪に嵐が来た。

 

今までだったら、なにそれどこの台風情報?ってなってました。が、今日は違います。その嵐じゃなくて、あの、国民的アイドルが、大阪京セラドームでコンサートをやっていました。で、行ってきました。見終わって、まだ正常な言語能力は復活してませんが(終わった直後は本当「すごい」「かっこいい」「かわいい」以外の日本語を一時的に忘れてた)、落ち着いてきたので今日の興奮をオープンなスペースに残しておきたいと思います。

 

しかも何がすごいって今日、ツアーファイナル。全18公演の最終日が大阪だったんです。もうどえらい。誘ってくれた友人には向こう数年、頭が上がりません。しかもしかも何がすごいって今日、アリーナB8の6列目だった。。。アリーナってだけでもすごいのにいざ場所確認したらB8がちょうどセンターど真ん前で、なおかつそこはAブロックがなかった。つまり最前ブロック。前にいる人5人だけで、その先にすぐ嵐。生嵐。誘ってくれた友人の家の方に足向けて寝ることができません。

 

そんなこんなで会場9割近い女性の皆様に混じって、わーきゃー言ってきました。普段からわーきゃー言うタイプの人間ではないので大半は心の声で叫んでましたが、途中普通に声出てました。嵐は恥ずかしがり屋も関係なくさせるからつよい。

 

観終わった今の感想は「本当に嵐はいた」に尽きます。初めてトトロ見たときの女の子とたぶん同じ気持ちです。今ならトトロも観れる気がします。絵はハートが大事です。

 

過去のライブ映像を色々と見てて、その中で一番気になってた「ムービングステージを真下から見たらどうなるのか」も今日経験することができました。櫻井翔の足の裏見てワーーーーーって言う日が来るなんて想像もしたことがなかったです。きました。

 

一人一人がかっこよかったのはもちろん、全体の演出も、本当にここにいる4万5000人全員に楽しんでもらえるように至る所で歌って踊っていて、感動しました。5人がそれぞれ別のところにいて、全体満遍なく魅了しているところは見ていて鳥肌が立ちました。そうじゃないところでも終始鳥肌立ってましたが。

 

A・RA・SHIも踊ってるバージョン見れたし、UBの相葉さん二宮さんのダンスべらぼうにかっこよかったし、カンパイソングとても楽しかったし、もうとにかく「すごくて」「かっこよくて」「かわいかった」。

 

もう多分あんないい場所で見ることはこの人生ではないと思うから、今日のこの景色をできるだけ忘れないようにしたい。したいンゴ。(バズりNIGHTがいちばん面白かった)

【雑記】思いがけない機種変更

朝起きたら携帯の画面がバキバキになっていたことはありますか?

僕にはあります。それもつい最近。

2015年の9月に購入したiPhone6sを後生大事に使い続けてて、2年経過した時もなんの不便もなく(Apple Payへの憧れがちょびっとあるくらい)生活をしていました。この前Apple Payへの憧れを抱き続けながら継続使用する気満々だったんです。でも朝起きたら画面に大きな亀裂が入っていました。原因をあれこれ考えましたが、前夜にお酒を飲んでいてその帰り歩いて帰る道中に1、2回落としたことくらいしか思い当たる節がありません。不思議です。

とはいえ新年始まって早々に画面の割れた携帯使うのも縁起が悪い、なんなら携帯なんて毎日見るものだし新しいものにして気分を高めたい、それならいっそApple Payも使いたい!ということでその足で某大型家電量販店に入っているド○モショップにいってきました。

Apple Payが使えればということでiPhone7にするつもりでウロウロしてデモ機を触って、ウロウロして、触って、ウロウロして、触ってを繰り返して、、気づいたらiPhoneXを買ってました。不思議です。

そして家に帰ってすぐさま開封。

もうなんか楽しい!買ってよかった!
絶対大切にする!落とさない!絶対!

とはいえお酒飲んだら真っ先にどこぞに消えて無くなるような信用ならない決意なので。


これを


こう。

さらに、これを


こう。

で万全の体制を整えました。バンカーリングとカバーの相性があまり良くないのか、指を引っ掛けるとたまにぽろっと外れますが、これはもうそういうものだと思って指を引っ掛けないようにするので問題なしです。

そこからちょこちょこ触ってますが、もうまずFace IDが画期的すぎて驚いてます。猿に文明与えたらこうなるだろう狂喜乱舞をしています。だってこれすごい楽しいし、わざわざ手袋外さなくていいし、マスク普段してないし、なによりすごい楽しい。

まだまだ機能的な部分ではまったく使いこなせてない猿なので、これからちょくちょく触っていきたいです。

本日の教訓ですが、お酒飲んだ帰り道に迂闊にスマホは弄らない。で。危ないので。

【雑記】ノートをとるという面倒

新年明けましておめでとうございます。シモダです。

 

という挨拶をする日からもうすでに数日が経ってしまいましたが、僕はというと有休消化期間真っ只中で、1月末までだいぶ長めの正月休みを堪能しています。

この有り余る時間をどうにか有効に使えやしないものかと、久しぶりにパソコンを立ち上げ、リハビリがてら文章を書いています。もう何度目のリハビリなのかもわかりません。復帰する前に離脱して、しばらく経ってまたリハビリを繰り返しています。一向に回復の目処は立ちません。

 

再始動を繰り返しすぎていて冒頭の文章がもはやテンプレート化しつつあり、この熱しやすく冷めやすい性格をまずどうにかすることから始めないといけない次元に達してますが、そんな僕でも地味に続いているのがノートを書くこと。

 

何かのタイミングで誰かに聞いて始めたんですが、毎月1冊ノートに気になったことや思い付いたことを何でも書き残す方法で、一冊埋まろうが白紙ページが出ようが翌月が来たら新しいノートを使う、つまり年12冊のノートにあれやこれやを書き連ねる生活をかれこれ3年程続けてます。誰にも押し付けられることなく自発的に一つのことがここまで続いてるのは、我ながら奇跡です。

 

3年の間に手法はマイナーチェンジしていってて、まだ完全にしっくりきていないのでこれからもマイナーチェンジしていきますが、今日久しぶりにノート書いてる話を知人にした時に「なぜそんなに面倒なことをしているのか」という質問を受けて、そういえばなぜこんなに面倒なことをしているのかと疑問に思い、それ以降話半分でぐるぐる考えてたので、その辺を備忘として残しておきたいと思います。

 

そもそもノートをとるようになった書き始めたきっかけは、3年前当時27歳のシモダ青年がこれから先迫り来る30歳を迎えるにあたりこれからの3年間何をするかに頭を抱えていた頃に遡ります。その時もおそらくぐるぐる考えてたはずですが、脳みそを回している間に、はてこれまでの27年間自分は何をしていた?みたいなところに思考がたどり着き、その時いかに自分が自分のことを覚えていないか、理解していないかを思い知り愕然としました。いや本当に。

 

今日は昨日までの積み重ね、明日は今日までの積み重ね

 

そんなことを考えながら実際は自分が何を積み重ねているか全く把握していない、そんな状態で明日のこと、さらには3年後のことなんて考えてどうする。それよりも日々の積み重ねを意識していくことが大切なんじゃないのシモダさん!という危機感からすぐさま文房具屋に走りました。そしてその頃タイミング良く月一冊ノートを使う手法が(僕の周辺で)流行っていたので、そこに落ち着き、現在に至ります。

 

3年の間に習慣化した(ノートが手元にないと気持ち悪い)からか、言われるまでこれがいわゆる「面倒なこと」という認識もなくて、いやでもやってない人からしてみたらそうなのかということで改めて自分がなぜそんな面倒なことをやってるのか考えました。

 

ノートをとるようになって良かったことは沢山あります。例えば、書いてしまったら忘れてオッケーなので「これ覚えておかないといけない状態」から解放されたのは大きかったです。子供がスーパーにお使いに行く時に「にんじん、ジャガイモ、にんじん、ジャガイモ・・・」と繰り返しながら忘れないようにする、そんな状況って大人になってからも度々あります。

そういう時に覚えておかないといけないものってにんじんジャガイモみたいに単純じゃないから、「忘れない」っていう行動にかなりのエネルギーを要していて、しかもそういうのって大体中途半端にしか覚えてないから、いざという時に「あれ?なんだったっけ。。。」と忘れてしまうそんな経験ありませんか?僕には腐るほどありました。

そういう時ノートに書いておけば、目にするたびに思い出せます。僕は「ノートに書いたことはむしろ忘れる」のをルールにしているので、「忘れない」プレッシャーからも解放されてとても楽です。(ノート見ることだけは忘れないようにしないといけませんが)

 

他のメリットは、思考の堂々巡りをしなくなったことです。イメージとしては途中セーブみたいな感じでしょうか。一つの問題について考えを書き残しておけば、同じことを再度考える時に、この間はここまで考えたという過去の自分を参考にできます。一晩寝たら人間の考えなんて変わると思っているので、うじうじ考えている時も翌日の自分がスパッと解決してくれたりします。そういう過去だったり未来だったりの自分との対話が、記録することによってできて、何度も1から考え直すみたいなことをしなくなりました。すごく健全です。

 

そんなこんなで今となってはもう「書かないほうが面倒」な状態になりました。という話を今日昼話した知人に改めて伝えたら、それならノート書いてみます!との返答がありました。嬉しい。

 

どんな使い方をしているかも、今後つらつら書いていきたいですが、まずは「なぜそれをやってるか」、そこを時折改めて考えるのもいいのかなと思った次第です。

【雑記】人見知りやめたい。

2017年もあっという間にもう9月。もあっという間にもう10日。

あと100日そこらで今年が終わるかと思うと怖くて前が見れない。

 

そんな9月の日曜日、びっくりするくらい予定がなかったから

大阪心斎橋のヒミツキチオブスクラップでやってる名探偵コナン

リアル脱出ゲームに行ってきた。衝動で。

 

というのも「暇」ってLINE送った相手がここで働いていて、

「暇ならおいで」とすぐさま返ってきたので、暇と言った手前、

行かざるを得ないぜひとも行かせていただきたいと。

 

これまでもリアル脱出ゲームには何度か参加していて、

言葉にできない達成感も筆舌しがたい苦痛も味わってきたけど

その時と完全に異なる状況が今回一つだけあって。

 

単独参戦。

 

右も左も知らない人。唯一の知り合いは受付してる。アウェイ。

唯一の知り合いと会場の手前で一言二言雑談した後いよいよ戦場へ。

指定されたテーブルについたらもうすでに5人座ってて、

同世代くらいの男女と女子大生二人組と単独参戦の女の人、と私。

 

唯一の切り口になりそうな単独参戦の人は対角の位置に座ってて、

よっぽど声を張り上げないと会話ができない。し、そこまでしてする会話もない。

他の二人組はそれぞれ二人ずつで話しててもう付け入る隙がない。

 

今までリアル脱出ゲームで感じたことのない難易度。

脱出よりも難しい。そう、コミュニケーション。

 

運営の人たちもそういう状況には慣れているからか、度々回ってきては

会が始まるまでに仲良くなってくださいね〜やら声をかけてくれるものの

「そうですね、えへへ」とその場しのぎの愛想笑い→運営いなくなる→元の状態。

もう脱出ゲームどころじゃない。この空間から脱出したい。今すぐに。

 

なんてことを考えながらゲームが始まり、ゲームの間のことはよく覚えてませんが

とりあえず目の前に座っていた女子大生といくつか共同作業をしたことだけは

今でもしっかり覚えています。ありがとうございますそれは楽しかったです。

 

でも脱出は当然失敗し(それでも脱出ギリギリのところまで行った)、

終わった後は特に会話もせず光の速さでアンケートを書きそそくさと退散。

この人生、これまで文字通り「そそくさ」出て行ったことはない。

 

そんなこんなあってタイトルに書いた話になるけども、1時間という

限られた制限時間の中で脱出するには一人でやっても間に合わないってことは

運営の人が口を酸っぱくして繰り返し繰り返し言ってるし、身に覚えもある。

そんな中で始まるまでの数分間である程度会話ができるようになっておかないと、

始まってからそのあたりをやってたら時間が足りない。わかってる。

 

ってなった時、いつ声かけるの?テーブルついてすぐでしょ!

 

そこで躊躇ったらもう無理。挽回不可能。ハードルだだ上がり。

だし、飛込み台とかもそうで躊躇えば躊躇うほど恐怖心は募って、

踏み込めなくなるから、どうせなら何も考えず飛び込んでしまう方が

恐い時間も短くなるし良い。(飛込み台から飛び込んだことはないけど)

 

■本日の教訓

『初対面で躊躇わない。会って3秒が勝負。』

 

なんか企画物のAVみたいな教訓になったけど本当に大事。

いざその場になると絶対に躊躇うけど本当に大事。

 

あ、コナンの脱出ゲームは面白かった。

そこまで難しい謎じゃないからビギナー向け?なので是非。

ご友人誘って行くのも良いし、一人で参加するときは躊躇わず。3秒勝負。

【雑記】一人で居酒屋に行けない。

一人居酒屋が苦手だ。苦手だ、というか怖くて入店すらできない。

 

何度も何度もよし今日こそは!意気込み店の前まで意気揚々と向かうものの、店内から聞こえる楽しそうな人たちの声やガラス越しに見えるカウンターに並ぶ人たちの笑顔を見た瞬間に「無理!ここに今から入るなんて無理!無理!絶対無理!帰る!帰るぅううううう!」と自ら門前で払われてその足でコンビニに逃げ込みチューハイを買って自宅で己の弱さに涙を流しながら一人虚しく乾杯を繰り返している。かといって店の中がガラス越しに覗けない店や店内の声が微かにも漏れ出さない店は余計に怖くて入れない。入ったが最後I MUST DIE!来世はもっと穏やかな人生を!と、僕の恐怖心はピークに陥る。結果コンビニに逃げ込む。チューハイを買う。飲む。泣く。

 

入ったら楽しいってことはわかる。大抵のことはそうだ。マラソン大会が辛いのはスタートの直前まででいざ走り出したら終わるまで走るだけだし、走り終わった後の爽快感は何物にも変えがたい。なんならもう一回走ってもいいかななんて思ってしまう。あんなに前日の夜に熱出そうとして水を浴びたり夜風に当たったりしてもなおそう思ってしまう。一人居酒屋もきっと同じで、入ってしまえばあとはその場の雰囲気に身を委ねて、2杯3杯飲んでるうちに緊張もほぐれて、隣の席の人たちと一言二言会話をしてみたり美味しいご飯に舌鼓を打ったり、もう想像してるだけで楽しい。よし、明日行こう。

 

なんてことを毎回思っては店の前まで足を運んで、結局入店できないの繰り返しである。もうおらこんな人生は嫌だ!思えば大学のサークルも部室に入るのが怖くてどこにも所属できなかった。美容室に入るのが怖くて髪が伸びすぎて誰かわからなくなることもあった。人間の本質、そう簡単に変わるもんじゃない。わかってる。わかってるけど、一人で居酒屋に入りたい。

 

ということで、一人でふらっと居酒屋に入る方法、もし知ってる方いたら教えてください。もし誰もいなかったらコンビニに行ってチューハイ買ってきてそれを飲む。そして泣く。

【雑記】中華街で豚饅食べてきた話。

連休ってどうしてあっという間に終わってしまうんでしょうか。連休じゃなかったらもっとあっという間に終わってしまうけど。ほんと帰ってきて3連休、明日からが怖い。

 

連休最終日に家でゴロゴロしててももったいない、そういえば豚まん食べたい。ということで元町中華街までフラフラ行ってきた。「豚まん食べたい」って言ってついてきてくれる友人の優しさが沁みる。ついたらなんかイベントやってて、獅子舞みたいなのがウロウロ練り歩いて太鼓やらシンバルやらがガッシャンガッシャン鳴り響いて、おかげで待ち合わせ場所「今中華街で一番うるさいところ」にしてスムーズに友人と合流できた。じゃなかったら中華街のどこにいるかなんてわからないから絶対に合流できてなかった。

 

この中華街、狭いエリアの中にたくさんの中華料理屋が犇めいてて、どの店も軒先で露店スタイルで中華まんやら北京ダックやらなんかよく分からないかき氷やらを売っている。そしてどの店もラインナップはさして変わらないからもうどこで買っていいのか分からない。見た目だけで見たらよほど黒いとかない限りどの店で買っても同じものが出てくる。出てくる、というか並んでる。

 

特に贔屓にしている店舗もないので、いつもちょっとウロウロして「その時一番胡散臭いカタコトの日本語で接客してくるお兄さんの店」で買うようにしている。なんとなく現地で買ってる雰囲気に浸れる気がするから。そしてそこで買った豚まんで美味しくなかった経験が今の所ないから。とはいえ今日は友人もいる。ならまぁ並んでもいいから多少なりとも知ってる店に行ってみようか。こんなときじゃないと行かないし。ということで行列から見るに元町中華街の中でも屈指の人気店(だと思う)、老祥記さんの列に並んだ。豚まんが食べれたらなんでもいいなんて言いながらミーハー精神満載で我ながら恥ずかしい。でも食べたことないし一回くらい胡散臭いカタコトの日本語で接客してくるお兄さんのところで買わなくても別に罰は当たらないだろう。そんなことを考えながら待ち時間を潰し、購入。

 

並んでいる間におじさんからイベントのチラシをもらった。第6回KOBE豚饅サミット2016という催しが11月11日12日13日の3日間開催されるらしい。そして何やら11月11日は豚饅の日らしい。ポッキー&プリッツの日が11月11日なのはその菓子の形状が数字の1に見えるというのはなんとなくわかる。でもあの丸くてもっちりした豚饅の日が11月11日なのはよく分からない。おそらくみなさんもそう思うでしょう。豚肉を使ってるから29日(にく)にしといたら良かったのになんでグリコに喧嘩売るようなことをするんだろうか。

 

と思ったらありました。理由。

 

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鼻の穴、まさかの鼻の穴。もう今後ポッキーやプリッツを食べる時に「これは豚の鼻の穴」とかそんなことを思い出しそう。それにしてもよく閃いたなこれ。思いついた瞬間絶対に脳内で「アハ」って声が聞こえてたと思う。誰が思いついたのかはわからないけど、誰が思いついてもアハっていうレベルのそれ。

 

ということで11月11日はポッキーやプリッツを食べるのもいいですが、もうちょっと肉感が欲しいな、あるいは汁感が欲しいなという方は是非豚饅を食べましょう。ポッキーパーティーも確かに盛り上がりますが、今年は趣向を変えて豚饅パーティーなんてどうでしょう。蒸篭と蒸し器があれば尚いいですね。さながらオーダーバイキングかのごとく、小籠包や豚饅をたくさん蒸してみんなで盛り上がりましょう。11月にもなるときっと少し肌寒くなってきているはずだから、ポッキーとかプリッツなんてぬくもりのかけらもない菓子をポリポリつまむより、みんなでアッツアツの豚饅をほうばった方がきっと身も心も温まること間違いなしです。

 

僕はもしやるなら全力でポッキーパーティーを選びますが。

 

老祥記さんの豚饅は一つ一つは小さいけど、中に豚肉の肉汁というか油というかエキスの詰まった液体物が入っていて3つ(最低購入単位)食べたらもうお腹にたまって満足しちゃいます。それでいて3個270円。安い!うまい!後早かったら申し分ないですが、店内でたくさんの従業員さんが人手で豚饅を包んでいるのを見ると早くしろなんて口が裂けても言えるわけない。むしろ倒れないように適度に休憩はとってほしい。そして豚饅おいしかったですいつもお疲れ様です。なんて労ってあげたい。

 

後なんか小籠包を適当につまんで、モザイクの方に歩いて甘いもの食べてお腹いっぱい!飲みに行くなんてことにもならず新快速に乗って颯爽と帰宅。自宅を出てから5時間もしないうちに自宅に帰ってきたからこの充実感すごい。また行こう中華街。

【雑記】思い出ぽろぽろ

毎年この季節になると、大学生の頃友人のFくんと京都五条のダイヤモンドシティハナ(通称「ダイハナ」)に自然食バイキングを食べに行って、90分という制限時間の中胃袋に詰め込めるだけの食物を詰め込んで、「もう食べられないよ」と言うや否やトイレに駆け込んでいく彼を見送ったことを思い出す。その数分後に後を追うようにトイレに駆け込んでいたことは思い出したくない。

 

この音楽を聴くと、とかこの時期になると、とかふとしたところでスイッチが入って当時の記憶って蘇るから面白い。直近でいうと、今ふとしたところって入力しようとした時に予測変換で「太」ってでてきて中学時代の友達のことを思い出した。もう実名晒してて今更だけど、この子もイニシャルFか。イニシャルFの友達がなんとなく多いことが予期せぬタイミングでわかった。だからと言ってどうってことはない。

 

最近何でかわからないけど中学の頃や高校の頃のことを思い出す。なんかの予兆?前触れ?なのかはわからないし別にわからなくてもいいけど、せっかく思い出したのでちょっとずつ記録にも残していこうと思う。僕のことを知らない人にとってはなんの生産性も生み出さない文字列を今こうしてつらつらと並べていて申し訳ない気持ちでいっぱいになる。思い出見て感動するのはジブリ映画だけで十分でしょう。

 

でもそうやって思い出す昔の思い出って、それこそ第三者に話してどうなるっていうくらいしょうもない小さいものばっかりで。野山駆け回ったり草むら転げ回ったり犬を追いかけたり犬に追いかけられたり、そんなんばっかりで。でもそんな追っかけ追っかけられしていた日常が今思い返すととてもキラキラしている。これがあれか、思い出補正ってやつか。怖いな思い出補正。どうせなら去年の泥のようにしょうもなかったあの日もガンガンに補正してくれないものか。ご都合主義万歳。無理か。

 

あともう一個不思議なのが、そうやって思い出す思い出って誰かといるときのことが圧倒的に多い、というか一人の時間で思い出すのってあんまりなくて、台風で小学校休みになった時に部屋のソファーをベランダに出してキャプテン翼読んでたら吹き飛ばされそうになったことくらいしかハッキリ思いだせるも載ってなくて、あとは誰かと一緒にいた記憶が出てくる。無意識のうちに引き出しの中にしまってるのかな、だとしたらなんてロマンチックなんでしょうか。はぁ。。。

 

大人になると昔みたいに利害関係なくきゃっきゃと野山を馳け廻るなんてことはなかなか難しいのかもしれないけど、何かふとした時にふわっと思いだせる思い出をまだこれからも作っていきたい。明日にでも野山駆け回ろうか。中華街行く予定だったけど六甲山に変更しようか。雄たけびあげながら山中駆けずり回って職質されようか。

 

そういえば野山駆けずり回る話で今思い出したけど、あの時自然食バイキングで限界超えてFくんより先にトイレに走ってた。思い出補正怖い。