【雑記】思い出ぽろぽろ

毎年この季節になると、大学生の頃友人のFくんと京都五条のダイヤモンドシティハナ(通称「ダイハナ」)に自然食バイキングを食べに行って、90分という制限時間の中胃袋に詰め込めるだけの食物を詰め込んで、「もう食べられないよ」と言うや否やトイレに駆け込んでいく彼を見送ったことを思い出す。その数分後に後を追うようにトイレに駆け込んでいたことは思い出したくない。

 

この音楽を聴くと、とかこの時期になると、とかふとしたところでスイッチが入って当時の記憶って蘇るから面白い。直近でいうと、今ふとしたところって入力しようとした時に予測変換で「太」ってでてきて中学時代の友達のことを思い出した。もう実名晒してて今更だけど、この子もイニシャルFか。イニシャルFの友達がなんとなく多いことが予期せぬタイミングでわかった。だからと言ってどうってことはない。

 

最近何でかわからないけど中学の頃や高校の頃のことを思い出す。なんかの予兆?前触れ?なのかはわからないし別にわからなくてもいいけど、せっかく思い出したのでちょっとずつ記録にも残していこうと思う。僕のことを知らない人にとってはなんの生産性も生み出さない文字列を今こうしてつらつらと並べていて申し訳ない気持ちでいっぱいになる。思い出見て感動するのはジブリ映画だけで十分でしょう。

 

でもそうやって思い出す昔の思い出って、それこそ第三者に話してどうなるっていうくらいしょうもない小さいものばっかりで。野山駆け回ったり草むら転げ回ったり犬を追いかけたり犬に追いかけられたり、そんなんばっかりで。でもそんな追っかけ追っかけられしていた日常が今思い返すととてもキラキラしている。これがあれか、思い出補正ってやつか。怖いな思い出補正。どうせなら去年の泥のようにしょうもなかったあの日もガンガンに補正してくれないものか。ご都合主義万歳。無理か。

 

あともう一個不思議なのが、そうやって思い出す思い出って誰かといるときのことが圧倒的に多い、というか一人の時間で思い出すのってあんまりなくて、台風で小学校休みになった時に部屋のソファーをベランダに出してキャプテン翼読んでたら吹き飛ばされそうになったことくらいしかハッキリ思いだせるも載ってなくて、あとは誰かと一緒にいた記憶が出てくる。無意識のうちに引き出しの中にしまってるのかな、だとしたらなんてロマンチックなんでしょうか。はぁ。。。

 

大人になると昔みたいに利害関係なくきゃっきゃと野山を馳け廻るなんてことはなかなか難しいのかもしれないけど、何かふとした時にふわっと思いだせる思い出をまだこれからも作っていきたい。明日にでも野山駆け回ろうか。中華街行く予定だったけど六甲山に変更しようか。雄たけびあげながら山中駆けずり回って職質されようか。

 

そういえば野山駆けずり回る話で今思い出したけど、あの時自然食バイキングで限界超えてFくんより先にトイレに走ってた。思い出補正怖い。